新しい言語学

小野正弘先生への手紙

   むつかしいオノマトペ  

むつかしいオノマトペ
と言っても、語感で説明することがむつかしいオノマトペ
基本的にオノマトペは語感を素直に反映している。
擬音語は自然の音を言葉の音で擬えたものである。
擬態語は物事の有り様を言葉の音のもつ感じで表現しようとしたものである。
言葉の音一つ一つは色々な感じを合わせ持っている。クオリアの状態である。
擬態語は言葉の音一つ一つが持っている幾つかの感じの中の一部を使って物事の有り様を説明する。
オノマトペによって、同じ音を使っても、擬えに使う感じは異なる。異なり得る。
多義の中の選択的利用である。これは、言葉そのものの本質でもある。
オノマトペと語感の関係は直接的である。だから、分りやすい。
ただ、オノマトペの中には、その意味するところを語感で説明しようとしても簡単にいかないものもある。

その一つが「まんじりともしない」の‘まんじり’である。
「まんじりともしない」とは、一睡もしないという一種の緊張状態である。となると、そうしないのが緊張状態であるから、‘まんじり’は弛緩の状態でなければならない。しかし、‘まんじり’という言葉の語感には緩みはない。意味と語感とが矛盾していることになる。
じつは、「まんじりともしない」の‘しない’は、‘まんじり’の否定ではないのである。文全体としての否定的ニュアンスを表現しているに過ぎないのである。‘まんじり’そのものが緊張の状態を表現しているのである。(‘とんでもない’の‘ない’が否定でないことと似ている。「とんでもないこと」と「とんだこと」とは同じことを意味している。)
‘まんじり’と似た言葉に‘まじまじ’がある。「人の顔をまじまじと見る」の‘まじまじ’である。この‘まじまじ’には集中するイメージがある。
‘まんじり’はこの‘まじまじ’の‘まじ’を強調した形ではないだろうか。撥音/ん/を間に入れて/り/をつける。
‘まじまじ’、そして‘まんじり’の/ま/は‘目’である。それでは語感ではなく意味ではないかとの声も聞こえるが、目は語感から出来た言葉である。/Ma/の発声時の口の形は丸である。縄文人の目の形は丸である。弥生時代になると切れ長の目が増えたので/Me(め)/になったのかもしれない(半分冗談)。
この‘ま’から出来た言葉には、まゆ、まつげ、まなじり、がある。
‘まざまざ’と‘まさに’、‘まごまご’と‘まごう’、あるいは‘まごつく’、もそうであろう。
まちがう、まどう、まどわす、まどろむ。
まばゆい、まぶしい、まぼろし。
元へ戻って、‘まじまじ’の‘じ’は、‘じっと’、‘じいっと’の‘じ’である。集中と染入るイメージがある。さらに、/I(い)/には意思も感じられる。
ついでに、‘まざまざ’は‘まさに’の‘まさ’から出来たのだろう。‘まさ’の‘ま’は勿論‘目’。‘さ’は‘それ’、‘その’の/So/の母音を変化させたもの/Sa/で、少し離れたものの状態を表そうとしたものであろう(様(さま))。/a/にしたのは、もう少し離れたもの‘あれ’、‘あの’の/A/を含めようとしたのかもしれない。別のところで詳しく説明したが、それ、その、あれ、あの、も語感から出来た言葉である。

さらに、語感から説明するのがむつかしいオノマトペに、「すがすがしい」がある。
‘すがすがしい’の‘す’はさて置き、‘が’には気持のいい感触は一切ない。むしろ、固さや激しさすら感じる。それがどうして、‘すがすがしい’となると、すっきりとした気持の良さが感じられるのだろうか。
‘が’は‘か’の濁音である。‘か’の語感には、固さもあるが、キレに加えて乾いた軽さがある。‘す’にはさわやかな流れが感じられるので、この‘す’に‘か’が続くと、すっきりとしたさわやかさが感じられるのである。そして、日本語には、連濁にもみられるようにただ単に強調するがために清音を濁音に変えることが許される慣習があるのである。有声化して濁音にしても清音の語感がそのまま残りうるのである。もちろん、濁音独特の濁りに伴なう力感なども生じうるが、日本語人は、清音‘すか’の語感のみを強調されたものとして‘すが’を感じ分けるのである。ここにも選択が働いているがすべて自動的である。慣習によって自動的に選択されるのである。(日本語では、この選択的意味理解は同音異義語の理解の際などにも無意識的に行われている。)
この清音と濁音の関係は、先に触れた‘まざまざ’と‘まさに’との間にもある。‘まざまざ’の‘まざ’は‘まさ’である。

‘まごまご’の‘まご’は‘まごうことなき’の‘まごう’だろう。‘まごう’は‘まちがう’、‘ちがう’は‘たがう’の変化だろう。‘まごまご’から‘まごつく’という言葉もできた。
‘たがう’の‘た’は‘たれ(誰)’の‘た’と関係があるだろう。‘たれ(TaRe)’は‘あれ’、‘それ’、‘これ’、‘とれ(どれ)’の‘とれ(ToRe)’の母音を変化させたものだろう。
あるいは、‘たがう(違う)’の‘た’は、もともとは‘他’か。
‘すがすがしい’と形は似ているが意味的には反対に近いのが‘まがまがしい’である。
‘まがまがしい’は‘まがいもの’から、‘まがいもの’は‘まごう’から、そして‘まごう’は‘まちがう’からだろう。/さ/と/ま/に正反対に近いまでの違いはないので、/が/の聞き取りの差だろう。‘すがすがしい’では‘か’として聞いており、‘まがまがしい’では濁音‘が’として聞いているからだろう。

‘ま’が‘目’を表すことから、日本語の慣習として、‘ま’を‘本当の’というような意味に使うようになったのではないか。まこと、まごごろ、まんなか、まみず、まうえ、まさか、まさゆめ、・・・
日本語には、「一見は百聞にしかず」、「目は口ほどにものを言い」、「嘘か本当か目を見れば分る」のように、目に対する信頼感が強く表れている。

それにしても、まだまだよく分らないオノマトペがある。
‘ますます’と‘まずまず’の関係。‘まずまず’と‘まずい’。関係があるのかないのか。そして、‘まずい’と‘うまい’。日本語は奥が深くてむつかしい。

   コレ、ソレ、アレ、トレ、そして、タレ、カレ、ワレ、オレ  

/レ/連なりの指示代名詞。基本的には語頭の音韻の違いである。
コレ、ソレ、アレは距離感の違いを/K/、/S/、/A/の調音点の違いで表している。
/K/の調音点は喉の奥、自分の中心、/S/の調音点は舌の上から唇の外へ向かい、/A/は外へ大きく広がるように発声する。この感覚の違いから、ココ、ソコ、アソコという表現も出来たのだろう(まことに論理的である)。
トレの/T/は舌先を口蓋にちょって付けて弾くように発声するので、止まる、戸惑うような感覚が生じる。加えて、/T/の調音点は/K/と/S/の中間点にある。このあたりから、トレ、トノ、トコと使われるようになったのだろう。
このトレを人に適用するために、母音を/O/から/A/に変えてタレという表現が出来たのだろう。この誰という問い(トレから出来た言葉)に答えて、ワレ、オレなども出来たのだろう。(ワレは本来は自分のことはアであったが、アレとすると区別がつかなくなるので、半母音を付けてワレにしたのだろう。また、オレの/O/には存在感が感じられるから、いばってオレ)。
少し離れてよく分らない人は「かはたれ」、「たそかれ」だから、カレ。
なお、レの/e/には、拡がり繋がっていくイメージがある(押さえつけるイメージもあるため、命令形にも使われる)。/R/は舌を震わせるなど技巧的であるため、日本語では古来、語頭に使われることはなく、活用変化として語尾に多用されてきた。動き・バラケのイメージが強いが、接尾語としては、母音を強調するような働きがある。

 ちなみに、ココとは自分の中心だから、ココロという言葉も出来たのだろう。また、コロコロの連想から、心には重いカタマリのイメージがある。(魂(TaMa)は軽く、飛んでいく)
 ココから‘来い’という表現も出来た。「ここ、ここ」と言いながら自分の足元を指し示せば、当然‘来い’という意味が伝わる。この‘来い’から、‘乞う’、‘声’、そして‘恋’という表現へと広がっていったと思われる。
     (平成27年6月9日)

   小野正弘先生  

オノマトペがあるから日本語は楽しい」読ませていただきました。語り口の軽妙さに楽しく一気に読むことが出来ました。

私は言語学を専門に学んだ者ではありませんが、ここ数年、「言葉の語感」の研究にかかわり、特に日本語オノマトペに関心を持ってまいりました。
語感と言いますと、一般的には「言葉の聞こえの印象」のように理解されていますが、私のこの研究の先達である黒川伊保子さんが語感の由来を「発声時の口腔体感」だと見抜き、私たちはこの仮説をベースに研究を進めてまいりました。
その後、ソクラテスがそのようなことを言っていることが分かり、また、わが国でも江戸時代の国学者鈴木朖をはじめ、近年では幸田露伴が「音幻論」の中でくわしく論じていることが分かりました。
ソクラテスは「プラトン全集2 クラテュロス」の中で「オノマ(名詞→言葉)とは音声と舌と口による身振り」、あるいは、「音声による模造品(mimema)」のようなものだと言っています。そして具体的に「デルタ、タウは舌を圧縮し(歯の裏側に)押しつける作用をもっているので、束縛と静止を模倣するのに役立つ・・」などと言っています。その他、R,L,S,Z,N、O,A,E,I,H についても論じています。
私たちは、口腔体感を詳細に観察し、主観的体感、物理効果による客観的体感を含め  60余りの物理量として捉え、これを相対数値化することに成功しました。
この数値データをコンピュータに組み込み語感分析システムを作り上げました。
このシステムに、例えば、一つの言葉 /シュボッ/ を入れますと /シュボッ/ という言葉のもつ色々な物理効果の相対値、そして、その結果生ずるイメージの流れなどが表示されます。
この語感分析のシステムは、本来は、例えば、自動車のネーミングのコンセプトとの適合度などを判定するのに使いますが、オノマトペを解剖するための材料も提供してくれます。

そこで、この本で先生がお取り上げになっているオノマトペについて分析してみました。
一部先生への異論もございますので以下ご報告いたします。

○ ダ・ズーン(Da・Zu−nn) は勢いよく抵抗を突き抜ける感じで、鉄腕アトムが山を突き抜けるとか、逆に、銃で撃ち抜かれるとかの状況にマッチしています。
落ち込むなら、ド・スーン(Do・Su−nn)があります。さらに、ド・ズーンなら、落っこちて沈み込んでいるイメージがよく出ます。
Da の a は拡がるイメージが強く、又、前向きで明るいイメージです。Do の o にすると重み、纏り感がでて、落ちるイメージ、並びに、暗さも出ます。
したがって、先生のお持ちになったイメージの方が正しいと思います。
なお、先生は「感覚に世代差があってもおかしくない」とおっしゃっていますが、歳をとっても若くとも ア と発声するには同じ口腔の使い方をします。しかも、それに伴う体感イメージは、言葉を初めて獲得した赤ん坊の時代からの積み上げですし、ア を発声したときの体感は誰でもほとんど同じです。
ただ、その感じが好きか嫌いかは年代により時代により変わります。
古代わが国では濁音は雅でないとして避けられてきました。しかし、現代の若い男の子たちのヒーローはガンダムであり、かってはゴジラでした。
○ ペルッ Pe の e には、下に広がる薄っぺらなイメージがあり、ペルッ は固くて薄いものが剥がれる感じです。
○ ムボッ 吐き出そうとした息のカタマリを飲み込む感じです。
吐き出すのであれば MuBa あるいは、MoBa ではないでしょうか。
○ コトコト は大変面白く、先生もいろいろ議論しておられますが、小ささ、落ち着き、まとまり を感じさせます。そして、KoToKoTo の母音がすべて o ですが、o には、重さ、身体の中にこもる、大きさ などのイメージがあって、心の動き を感じさせます。そのためでしょうか、こころ(KoKoRo)も母音は o だけです。
○ クスクス 語感分析の立場から面白いのは クックッ と クスクス です。
笑い声としての クックッ と クスクス は実際には クックッ とか クスクス という音を出しているわけではなく、咽の奥から出てくるおかしさをこらえている状態を クックッ と聞きなし分節化したにすぎません。そして、こらえた息が少し洩れてしまうのを クスクス と聞きなしたわけで、クスクス と実際に発音しているわけではありません。
勿論、ものを煮炊きする際の クツクツ、グツグツ もそのような音が出ているわけではなく、煮汁の沸騰する様を見做した擬態語でしょう。
クックッ と クツクツ は全く異なるオノマトペです。(発声方法が違うから)
もちろん、一つのオノマトペでいろいろ異なる場面で使われるものはたくさんあります。
これは、一つのオノマトペがいろいろのイメージを併せ持っているからです。これを一つのオノマトペがいろいろの意味を持っていると表現するのは危険です。
実際は一つのオノマトペがいろいろの物理効果をもっていて、その中のいくつかを使ってある場面に使い、また、別の物理効果の組合せを使って別の場面に使うということで、もとの物理効果は同じで、場面によって使うその物理効果の組合せ、重み付けが違うということです。意味といってしまうと、別々にいろいろ異なるものを持っているように解釈されてしまいかねません。
もっとも多く異なる場面で使われるオノマトペに「コンコン」があります。
  コンコン釘を打つ
  コンコン咳をする
  コンコン狐がなく
  コンコンと雪が降る
  コンコンと水が湧く
  コンコンと言い聞かせる
などと使います。擬音語と擬態語が混じっていますが、Ko の語感には、小ささ、固さ、重さ、切れ、まとまり感 などがあり、そこからイメージとしての かわいらしさ も出てきます。
また、○ン○ン という形にすることによって、その音、その動きが繰り返されることがイメージできます。(これは一種の約束事で、日本語のクセのようなものです。)
コンコンが6つの意味を持っているというよりは、コンコン がいろいろな物理効果に基づくいろいろなイメージを持っていて、いろいろな場面で使われるというのが本当のところではないでしょうか。
○ もゆらに 先生は「ちょっと籠もったような音」、「なにか、少し固めのものが触れ合っている音」とおっしゃっていますが、語感の立場から、私は、これは音を表わすのではなく様子を表わしたものだと思います。
その理由は、「も」で始まるオノマトペが19種ほどありますが、その中で音に関係しそうなものは「もぐもぐ」、「もごもご」、「もーもー」位です。
牛の鳴き声は別にして、「もぐもぐ」も「もごもご」も音というよりも様子を表わしている感じが強くします。
「もごもご」は「口ごもる」から出来たと思われるオノマトペで様子を表わすものです。
「ごも」を「もご」と逆にしたものですが、このような例は他にもあります。
「モクモク → 雲」、「ブツブツ → つぶやく → 粒」などがあります。
「ゆ」あるいは「ゆら」が二拍目にくるオノマトペで音を表わすものはありません。
これは M も Y も柔らかなイメージを持っており物質的な音が出ないからです。
M音で始まる擬音語と思われるものに メリメリ と ミシミシ がありますが、これとて実際にはこのような音はしません。
そして、接尾語「に」のつく擬音語もないと思います。
「ぬなともゆらに」という慣用句は、例えば、「鈴の音さやかに」とか「鈴の音もさやに」と同じような使い方で、豊かに揺れ動く様を表わしているのではないでしょうか。
○ たぎたぎし TaGiTaGiし はちょっとむつかしいところですが、Ta には、溜まる、滞るイメージがあって、「たじたじ」、「たじろぐ」、「たどたど」などの使い方があります。
Gi には、意志的なもの、固さ、迫力 などがあるのですが、よく分かりません。
道のデコボコに使われたのは「ガタガタ」(GaTaGaTa)のイメージではないでしょうか。前後を入れ替え、i を a に換えていますが、これもむずかしいですね。
○ ほとほと   先生は軽くかわいた音とおっしゃっていますが、この場合の「ほ」は Fo でしょうか、Ho でしょうか。H ですと、少し湿り気があってかわいてはいません。しかし、人情が生きているやさしい音ではあります。
○ ムカッ  は「ムッ」+「カッ」で、ムッと腹の底から不快感がせり上がってきて、カッと怒りになる様子を時系列的に描写したものです。
ちなみに、「ムッ」は古い脳を起点とする伝達物質ホルモン系の感覚で、「カッ」は新しい脳を起点とする神経系の感覚です。ホルモン系はゆっくり起こりすぐにはさめない。一方、神経系は伝達が早くすぐ起こりすぐさめます。この違いを M と K の切れの違いで表現し分けています。
「ムカッ」は情動的な不快感が徐々に起こり、そして、それがいきなりはっきりした形で炸裂する様を見事に描写しえています。
○ 先生は、「ばたばたしている」を近年できた動詞のヒット作とおっしゃっていますが、私は「ばたばた」、正確には「ぱたぱた」が「働く」の語源ではないかと思っています。
一説によりますと、「パタパタ」というオノマトペから「旗」、「はためく」という言葉ができ、この旗を立てることによって自分たちの占有物だということを示したのが畑で、この畑で汗水たらして作業することが働くとなったのだということです。
古代には、畑もパタ、働くもパタラクと発音していたのでしょうから、「パタパタ」の濁音化した「ばたばた」と「働く」は起源を同じくするということになります。
したがって、「ばたばたしている」は先祖帰りした表現ということになるのかもしれません。
(この説が正しいとすると、旗 はもちろん、畑 も 働く もオノマトペから出来た言葉ということになります。)

以上いろいろと書かせていただきましたが、言葉の音に対して非常に鋭い感覚をお持ちになり、また、オノマトペを「心の声」あるいは「肉体感覚的表現」とお考えになっていらっしゃる先生には私たちの仮説「語感は口腔体感からだ」が分かっていただけると思い勝手な私見を書かせていただきました。
先生の取り上げていらっしゃるオノマトペをコンピュータで分析した結果の一部も添付いたしました。ご吟味ください。
私は日本語の多くがオノマトペあるいは感嘆詞に由来すると考えています。
語感分析にかかわる色々を個人のサイトにアップしています。一度ご覧下さい。
    具体例     http://www.gokanbunseki.com
    理論的なもの http://theory.gokanbunseki.com
失礼をも省みず御手紙しました。なにかとご教示、ご指導いただければ幸いです。
                      平成21年11月16日

        東京都荒川区南千住6−37−2−1203
                 増田嗣郎
            msiro@kjps.net

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