新しい言語学

感性

   語感分析 とは  

語感分析とは、一つの言葉のもつ‘語感’を明らかにすることである。言葉は音素の連なりである。一つ一つの音素もそれぞれの‘語感’をもっている。したがって、言葉の語感分析とは、その言葉を構成する音素のもつ‘語感’の集大成、あるいは、再構成ということができる。
各音素のもつ‘語感’は、基本的には発音体感であるから、クオリア状態のイメージのカタマリである。
クオリア状態であるから、そのまま言葉に表現することは出来ない。
切り口を作ることによってはじめて言葉にすることが出来る。例えば、‘固い’という切り口で切れば、‘非常に固い’とか‘少し固い’という風に言葉にすることが出来る。勿論、‘柔かい’イメージをもつ音もあるし、固い柔かいに関係のない音もある。どのような切り口で切るかは、ある一つの言葉の何を知りたいかによって異なる。ただ、基本的な物理量、すなわち、固い柔かい、重い軽い、大きい小さい、乾いている濡れている、明るい暗い、粘り気、広がり、動き、などは全ての分析に有用である。
一つの言葉は幾つかの音素の連なりであるから、その言葉のもつ‘語感’もクオリアの連なり、すなわち、イメージのカタマリの連なりである。
したがって、言葉の語感分析は、クオリアの連なりを色々な切り口で切ってみることも出来るし、構成する音素を切ってみた結果のイメージ群の流れ全体として捉えることも出来る。
イメージ群の流れとして見ることによって、一つの言葉を物語として読み取ることが出来る。やまとことばにはこの様に読むことの出来るものが多い。
したがって、語感分析の基本は音素の分析である。
‘語感’を発音体感という視点でみるとその構造は下記の通りである。

   ‘語感’の構造  

○ 気持 発話者の心のスタンス どのような気持ちでその言葉を発しようとしているのか。(最初の頃の言葉は単音、あるいは、単拍的なものであったろう。)
相手に自分に敵意のないことを伝えたいのか。相手を慰めたいのか。自分が満足していることを伝えたいのか。自分がリラックスしてくつろいでいることを表現したいのか。自分の存在に気付いて欲しいのか。
それぞれの気持ちで色々な声を出してみれば、だんだんそれぞれの気持ちにそぐう音が決まってくる。あるいは、それぞれの気持ちの伝わりやすい音が見つかってくるだろう。そうして、仲間の間で、例えば、親愛の情が伝わりやすい音が広まり言葉の基が出来てきたのではなかろうか。
特に母音は気持ちを表わしやすい。

○ 動作 発音作業 発音時の口腔内の動作感覚 唇、口元、舌、口腔、咽 をそれぞれどのように動かすのか。その動きに伴う感覚。例えば、口を大きく開ける、口元を狭める、唇を破裂させる、舌を上顎に付ける、舌で弾く、舌を振るわせる、舌を固くする、舌を平らにする、口の中を丸くする、咽を絞めて破裂させる、息を鼻に抜く、口元を引く など。

○ 発音効果 発音動作の結果に伴う感覚 舌の上を息が流れる感覚、破裂に伴う飛び散る感覚、早い息の流れに伴う速さの感覚、及び、乾く感覚、咽元から直接来る息の温かい感覚、口元を狭くし口腔を丸くしてそこへ息を流し出すことによる回転の感覚、鼻へ抜ける粘った感覚 など。

○ 統合感覚 気持、発音動作体感、その効果の口腔内体感を合わせた結果としての感覚 単一的な感覚ではなく、複合的な感覚。‘さわやか’は、暑くも寒くもなく、カラカラでもなくジメジメでもなく、多少風の動きのある状態での感覚である。‘やさしい’、‘きれいな’、も複合的な感覚である。

○ 評価的感覚 個人の好き嫌いなど価値評価の入った感覚 これは文化によっても異なる。多少、男女差、年代差によっても違いの出るものもありうる。高級感、信頼感、上品・下品、クール、かわいい・・
生理音に近い音は、文明・文化・習慣などによって、好嫌の差が激しい。日本人がものを考えている時によく使う‘ウーン’という音をフランス人は非常に嫌うそうである。一方、日本人は、‘げーっ’、‘ぺっ’など生理音を連想させる音に下品さを感じやすい。

   語感分析の実際  

まず、対象になる言葉を音素に分解する。例えば、‘ことば’は‘KoToBa’という音素列とする。
日本語の音素は、母音/a/i/u/e/o/ の5つとその長音、子音/K/S/T/N/H/M/Y/R/W/P/ とそれぞれの濁音、拗音、ならびに、促音である。は行の‘Hi’は/H/の音ではないので別途立てる。
それぞれの音素を、動作感覚、効果感覚を中心に分析する。特に母音は‘心のスタンス’、すなわち、気持ちを中心に分析する。
気持の分析のための切り口は、いろいろ考えられるが、例えば、知・情・意、すなわち、知的か、情緒的か、意思的か とか、前向きか、内向きか とか、近しいか、少し距離があるか などが考えられる。

   動作感覚  

動作感覚の切り口は、口を大きく開けるか、口元に力を入れるか、舌先を尖らせるか、口腔を丸くするか、などの、大きい、力が入っている、固い、鋭い、丸い、広い、などの物理量が考えられる。

   効果感覚  

効果感覚の切り口は、唇を破裂させることによる、溜まる、発散する、飛び散る などの感覚、息を速く舌の上を流すことによる流れの感覚とともに、乾く感覚、熱を奪われる感覚などから、熱い、冷たい、乾いた、濡れた、広がる、前向き、などやはり物理量中心の切り口が考えられる。

   統合感覚、評価感覚  

一つの言葉の‘語感’の分析は、それぞれの音素のイメージ群の流れの全体として見る必要がある。
従って、言葉の語感分析は色々なイメージが集まって出てくる統合的感覚、および、それに対する評価的感覚が中心となる。
‘さわやかさ’という切り口は、単一の感覚ではない。適度な冷たさ、適度な乾燥、多少の風のそよぎなどがあっての結果としての感覚である。ただ、灼熱の砂漠、寒冷の凍土地帯では、この‘さわやか’の要因がかなり違ってくるだろう。統合的感覚は風土によっても、その構成要素のそれぞれの重み付けが違ってくる。
評価的感覚、例えば、‘高級感’、すなはち、どのようなものに高級さを感じるかは、文化によって大きく違ってくる。また、同じ文化のもとでも、自動車に求めるものと、ファッションに求めるものでは自ずから異なってくる。高級自動車にはある程度の重量感が必要だが、ファッションにはむしろ軽やかさが求められるかもしれない。このように、同じ‘高級感’でも中身が違ってくる。
上品、下品、カワイイ、クール、信頼感、なども、この評価的感覚である。鉄腕アトムの顔つきが日本版と欧米向けでは違っている。これは、何に‘頼もしさ’を感じるかの、日本人と欧米人との違いを反映したものである。
気持ちにしろ、動作感覚にしろ、その効果感覚にしろ、単一の切り口だけでは全体像が掴めない。従って、幾つかの切り口で切る必要があるが、まず、幾つの切り口を用意するか、そしてどのような切り口を用意するかが問題となる。二つではあるかないかで明確ではあるが単純である。20〜30になると読み取るのがわずらわしくなる。グラフにするなら、12〜16が適当である。切り口としては、物理・生理的なものが中心であるが、大きい・小さい、重い・軽い、固い・柔かい、乾いた・濡れた、明るい・暗い、濃い・薄い、熱い・冷たい、などに加えて、粘り、動き などがある。
これら気持、動作感覚、効果感覚の総体として、人は統合感覚、そしてそれに対する評価感覚を持つ。

   イメージ語  

統合感覚、評価感覚として何を切り口にするか。場合、場面によって、いろいろ考えられるが、私は、一般的なイメージとしては約180、人の性格を表わすものとしては約110のイメージ語(形容句)を用意している。
選ぶ基準として、例えば、‘かわいい’と‘キュート’は区別するとして、‘かわいい’と‘カワイイ’を区別するかどうか、‘愛らしい’を加えるかどうか、考える必要がある。微妙な差は出したいが、あまり細かすぎても煩雑で分かりにくくなってしまうからである。
もちろん、イメージ語としては、すべての領域をカバーしなければいけないと共に、偏りがあってはならない。
従来から、ファッション業界では、まず、四象限に分けているようである。
SWEET,GENTLE,ACTIVE,ADULT である。
これに習って、私は人の性格を、まず、四象限に分けている。
私の場合は、交流分析(TA)の考え方を参考に、母親、父親、子供、大人 に分けて考えている。男対女、大人対子供 とクロスに考えてもいいかもしれない。(図面、グラフにすると、この四象限に分ける考え方は非常に分かりやすい。X軸、Y軸を使っての関連図、レーダー・チャートなど。)
一般イメージについても、これに準じてバランスをとるようにしている。

   意味的語感  

以上が純粋な‘語感’についてのものであるが、実際にはもう少し余分なものが混入してくる。
それは、よく似た言葉の意味から来る連想である。(意味的‘語感’)
‘はやぶさ’というと‘速そうな’イメージがある。しかし、‘はや’にも‘ぶさ’にも‘語感’としての‘速さ’のイメージはない。‘早い’は‘パッ’、‘パヤイ’から出来た言葉で、‘パッ’、‘パヤ’には‘早さ’のイメージがある。
‘はやぶさ’に‘速さ’のイメージを感じるのは、音のよく似た‘早い’からの意味的連想なのである。
ちなみに、‘ハヤシライス’、‘林’には‘速さ’のイメージは全く感じられない。
‘はやぶさ’、‘はやて’に‘速さ’を感じるのは本来の‘語感’からではなく意味的連想からのものであるが、‘早い’という言葉が常用語で普段よく使われることと‘早い’そのものは元来‘語感’からのものであるので、間接的な‘語感’由来とも考えられ、少し広い意味で‘語感’といってもいいのかもしれない。
日本語には‘語感’由来の言葉が非常に多いため、このような意味的連想から広がる間接的‘語感’を持つ言葉も非常に多い。
日本語には、音のよく似た言葉を関連付ける単語家族という考え方がある。その同じ単語家族内では、音、意味入混じったイメージの共有が生じている。
/ア/ から派生したと思われる‘明いた’、‘開ける’、‘明るい’などにはイメージの共有が感じられる。また、それらから更に派生したと思われる ‘朝’、‘赤い’、‘淡い’、そして‘秋’にすら、イメージの共有が感じられる。
実用上の語感分析は、本来の‘語感’をベースとしながらも、意味連想的‘語感’をも含めたものが有用なようである。
コンピュータで語感分析をする場合、発音体感をベースにした本来の‘語感’は数理的処理で行うことが出来るが、意味的‘語感’を含めると一段のテクニックを要することになる。(これがノウハウということ)
私が普段使っている語感分析のソフトは、発音体感から来る演繹的な考え方をベースに、日本語使用の慣行上の意味的ニュアンスを帰納的に加味して作ったものである。

とは言うものの、‘はやて’と‘ハヤシライス’の分析結果が、全く違うわけではない。音が似ている以上‘語感’も似ているはずである。では、なぜ‘はやて’と‘ハヤシライス’では似たイメージがしないのか。それは、人が感じたイメージを選択的に意識化するからである。
言葉の音と意味との関係であるが、日本語では人が言葉を覚えるとき、その言葉の音が持ついろいろなイメージのうちその言葉の意味とそぐうものは意味と共に記憶し、そぐわないものは捨てるのである。
ただ、捨てたイメージも‘語感’としては生きていて、ときにニュアンスとして効いてくるのである。
言葉の音と意味との関係は、少なくとも日本語では、恣意的ではなく、意味は‘語感’の納得的選択の範囲内にある。ある一つの言葉が使われ続けるのは、人々の選択的共感が得られるからである。
この範囲を離れ共感の得られない言葉は余り使われなくなる。あるいは、意味が変えられて‘語感’にそった言葉として使われるようになることすらある。(例:遠慮)

   漢字、ひらがな、カタカナ のイメージの違い。  

表記上の違いではあるが、日本人は音だけを聞いても頭の中で一旦文字に変換する。(無意識にではあるが、そうしないと‘幸福’と‘降伏’の区別や‘工業’や‘興行’の区別がつかない。)
したがって、ある一つの言葉が本来漢字で書かれるのか、平仮名で書かれるのか、カタカナで書かれるのかによって、その言葉のイメージは微妙ではあるが異なってくる。(本来の‘語感’ではないが)
漢字、ひらがな、カタカナ のイメージの違いはどのようなものか。
漢字は漢語に、ひらがなは和語に、カタカナは欧米からの輸入語に使われる。
このこととそれぞれの書体のイメージの違いから、
漢字は、固く、論理的 なイメージ
ひらかなは、やわらかく、情緒的なイメージ
カタカナは、すっきりした、近代的・科学的なイメージ
が強い。したがって、‘かわいい’と‘カワイイ’のイメージは、微妙ではあるが違うのである。
    平成23年3月25日

   ⇒ 語感分析は科学か  

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